マイノリティの独り言
2020年 06月 03日
紫陽花の季節になりました。

庭のソヨゴの小さな花も咲いています。

先月、緊急事態宣言は解除されました。
しかし昨晩、東京アラートが発動。

形的には、少しずつコロナ以前の日常のあり方に戻って行くという流れに従いつつも、多くの人は不安を拭えないという状態なのではないでしょうか。

経済や先行きの不透明感、そしてコロナ感染は、もちろん不安材料なのですが、
今、私はそれとは違う心のざわつきを感じています。

ぎゅうぎゅうの満員電車での通勤や、利益や成果第一主義、効率主義、ステイタスへの価値偏重などなど、
またコロナ前の現代社会のメインストリーム的な価値観が少しずつ息を吹き返しているような、そんな気配を感じ取っているのでしょうか。

もしくはまた、その価値観の中に再び(肩身の狭い思いをして)身を置かなくてはならないのかという不安でしょうか。
何れにしても、私がそこから外れている人間だから感じることなのでしょうか。
多くの人は、本当にコロナ前に戻ることを望んでいるのでしょうか。
きちんと説明できないのですが、緊急事態宣言解除の直前位から、私の心は少しずつざわざわが始まり、だんだん大きくなっているような気がします。

けれどニュースを見ていると、コロナを機に地方移住を考えている人がいたり、リモートワークが定着しつつあったり。
これまでの在り方や生き方から価値転換する人も増えているようです。
多くの人が当たり前だと思って我慢していた事に対して、もっと正直になって異を唱えたり、方向転換する。
個人個人それぞれが生きて行く上で何を大切にするのかを問い直し、選択し直す。
少なくとも一部(?)の人達には、コロナがそんなきっかけを与えてくれるのかもしれません。
私の好きな泉谷閑示さんではありませんが、そしてみんなが各々にマイノリティー(個性?)を生きられるような世の中が来たら
みんながもっともっと楽になるのではないかしら。
そんな希望も持ちつつ、ざわざわしているマイノリティーの独り言でした。

