信州への旅 その1

日曜日から、信州、松本の妹を訪ねて来ました。
毎年の訪問が恒例となり、20回位はリピートしているかもしれません。
日本狭しと言えど、旅した場所はさほど多くはない私にとって、
初めてこの地を訪れたとき、街の美しさに心打たれました。
ぐるりと山に囲まれたこの盆地は、自然と文化と日本の伝統が程よいバランスで保たれ、
空気も水も澄んでいました。
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これは街の中を流れる女鳥羽川の橋からの写真。
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妹の働く中町は、こんな風になまこ壁の蔵作りの町並みが続きます。

今回は初めて(多分)善光寺にも行って来ました。
善光寺の印象は、全体的に「サイズが大きい!」。
もっと観光地化した場所を予想していたのですが、なかなかよい所でした。
真暗闇の中を進んで行き、極楽への錠前を探し当てる「お戒壇めぐり」もちょっとわくわくしました。

雨の日は、松本市美術館、日本の民芸運動に縁の英国人陶芸家バーナード・リーチ展へ。
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母方のルーツ、伊那の高遠にも初めて連れて行ってもらいました。
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高遠城址公園から景色を眺めつつ姉妹で四方山話。
姉妹として生まれ育っても、今はそれぞれの場所で、それぞれの日々があります。
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それは比べられるものではなく、それぞれに違う嬉しいだったり大変だったりがあって。
話をする事で、嬉しかったり胸が痛んだりをほんのちょっぴり分かち合い、
お互いを疑似体験したような気持ちにもなったり。
そして、また自分も自分の毎日をちゃんとやろうとも思いました。

松本民芸館にも行きました。
ここに来る度いつも、生活そのものが美しい事なのだと再認識します。
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                 「今見マセ イツ見ルモ」

豪華にとかそういうことではなく、ああ、やっぱり美しく生きたい、暮らしたい、と。
各々の日々の生活こそに全てがあり、尊いものと思えるのです。
美しく生きるというのは、多分日々の暮らしに自分の感性を映して生きるという事で、
身の回りを整える家事や日々の細かい事、雑事、暮らしの工夫を大切にする事の様に思います。
特別な事ではなく、その人らしく丁寧に生活することと言えばいいのかな。
オーラ・ソーマのカラーでいうとマゼンタです。
マゼンタは日本らしい質を表すと言われていますが、今の日本はどうなんでしょうねぇ。
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               民芸館の二階の窓から 「陰翳礼讃」?
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                   民芸館庭の道祖神

美しく生活する、それはもちろん物質面だけでなくて。
まだまだ弱かったり、ずるかったり、怖かったりして、取り繕う事のある自分ですが、
考えている事と言っている事としている事が同じであるように、
もっとシンプルに、正直に生きられるように、いつかはなりたいです。



松本市中町商店街のサイトはこちら
伊那市高遠町のサイトはこちら
松本市美術館のサイトはこちら
松本民芸館のサイトはこちら





# by chinagii | 2016-05-20 14:10 | | Trackback | Comments(0)

カルマの夢

私は8年前から夢を学び、つい最近セッションでも夢を扱うようになりました。

夢を学ぶ中で、自身の夢から心の癖というか、カルマを知った経緯もあります。
心の癖がわかれば、その癖を自分が意識できるようにして改善していけばいいので、
人生で取り組むべき課題がわかります。
言葉にしてしまえば簡単ですが、これがなかなか難しいことなのです・・・。

私のカルマの夢をお話しすると、一つはチベットか中国のような僧院で厳しい修行をしている夢、
もう一つはインド人の青年で弾丸の飛び交う戦中を生き残り、苦労してトウモロコシの農場を持つようになる夢です。
二つの夢の共通点は、目的達成のための忍耐と労苦の連続がありました。
というわけで、私の心の癖(カルマ)は「目的達成のため汲々となる」という事。
従って、私の取り組むべき人生の目的は「人生に寛ぐこと」となります。
ゆっくりしていても、いつもどこか寛げない自分がいるのを感じてはいましたが、
その心の癖との自己同一化が強く、どうしていいのかが長年わからずにいました。
それがようやく最近、アレクサンダーテクニークという糸口を得て掴む事が出来ました。

アレクサンダーテクニークというのは、身体の使い方を意識化、再教育のようなことをして
(無理、無駄な身体の使い方に気づいて改善していく事によって)、心身の不調を改善したり、
高いパフォーマンスを得たりが可能になるようなもの、とでも言いましょうか。
(わかりにくいですよね?私の説明でわからない方はスミマセン、お手数ですが検索してみてください!)
昨年、アレクサンダーテクニークを使って赤ちゃんを育てるという夢を見ました。
赤ちゃんは、これから育てていく新しい才能を意味しますので、
アレクサンダーのレッスンにはゆっくりとしたペースですが、通い続けていました。
先生から度々指摘されたのは「何かをする時に息を止める癖がある」「動作が早すぎる」などの動きの癖。
「もっと自分の面倒も見てください」とも。
そこではたと、自分が自分に時間とスペースを与えていない事に気づかされました。
人や物事と関わる時、自分で自分を追い込んだり追い詰めたりして苦しくさせているのです。
この事に気づいて、意識的に自分に猶予を与えるようにしてみたら、まあ、快適!
こういうことか、とまさに身を以て腑に落とすことができました。
長いことかかりました〜!
まだまだ無意識に行動して、長年の癖を踏襲してしまう事もありますが、
それはまあ仕方ないのでゆっくりと。「人生に寛いでいきたい」(笑)と思っています。

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私の夢に登場する頻度が高い「海」の写真です。
一昨年の11月に葉山の一色海岸を撮影しました。
私にとっては、大切な海の存在。
ちょっとした時間を見つけて、海に行く機会を持つようにしています。



# by chinagii | 2016-05-09 18:11 | | Trackback | Comments(0)

近代文学朗読会

この時期(ゴールデンウィーク)には、ほとんど毎年、何の予定もない我が家ですが、
昨日は吉祥寺のキチムというスペースで行われた『近代文学朗読会』にご招待いただき、行ってまいりました。
ご存知の方も多いと思いますが、クラムボンというバンドがあります。
そこでドラムスを担当されている伊藤大助さんという方が、近代日本文学がお好きで主催を、
声優の野島健児さんが顧問をされているのが、この『近代文学朗読会』なのです。
こんな素敵な会に、なぜ私達夫婦が招待していただけたのかというと・・・

昨年、野島健児さんは、初セルフプロデュースCDと写真やインタビューの載ったコンセプトブックを作られたのですが、それらのデザインを担当させて頂いたのがうちの夫でした。
その流れで、野島さんのインタビューをアートセラピーの形式で、という依頼を私にも頂きまして。
そんなご縁で、ライブやこのような朗読会に喚んで頂ける事になりました。

近代日本文学の時代(明治〜昭和初期)の雰囲気、文体に美しさと憧れを感じている私にとって、
この朗読会は、とっても素敵な嬉しい催しです。
中学1年の時、国語の授業で、先生が時々してくださった文学作品の朗読を聞く事は、当時の私にとって何よりの楽しみでした。(この時間だけは、居眠りなんて、あり得ませんでした!)
年齢を経て、こんな形で朗読を聴ける機会が訪れるなんて、私にとっては嬉しすぎるプレゼントです。

二度ほどこの会を拝見(拝聴?)したのですが、近代文学の世界に雰囲気を近づけるためか、
はたまたご本人達の趣味なのか、出演者の衣装は和服やクラシックな装いを意識しておられます。
そこがまた、着る物好きな私にとってはツボ!ツボなのです!!
前回の朗読会は泉鏡花で、衣装は和服や白シャツにカーディガンに眼鏡というクラシックな着こなし、
今回は江戸川乱歩で、ダンディな探偵を意識してかスーツ姿。
しかも台本は、司会の鳥居さんの手作り和綴じ本!
今回も近代文学の世界観と、そこに醸し出される美しさを堪能させて頂きました。

そして、思わず2枚出されている朗読CDを購入してしまいました!

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CDジャケットの写真に写っているのは伊藤大助さんです。

朗読の後のトークでは、声優やミュージシャンとしてプロならではの興味深いお話も。
職種は違えど、時間と空間を人と共に作る「セッション」という事をしている点においては、
セラピストも同じ。(無理矢理な拡大解釈)
その場にしっかりと居て、五感(六感か?)を働かせ、見えない部分を読んでいくという作業のお話が、
とても参考になりました。


キチムのサイトはこちら


# by chinagii | 2016-05-04 14:33 | 外出 | Trackback | Comments(0)

外出先で、吉祥寺にある「4ひきのねこ」というお花屋さんから電話。
昔々お花のアレンジを習っていた頃、そこはあこがれのお店だった。
電話は「Nさまよりお花のお届けです」とおっしゃる。
嬉しい気持ちで在宅日を伝えた。

Nさんは、長くお店に通ってくださったクライアントさん。
私の再スタートに、と贈ってくださった。

戴いたお花は、白くて、柔らかい。
こんな風に居られたらいいなぁ、と思う。

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「4ひきのねこ」のサイトはこちら


# by chinagii | 2016-04-29 07:26 | 毎日 | Trackback | Comments(0)

庭仕事の愉しみ

本日土曜日のお昼、少しの時間、庭仕事をした。
まずは家の周りのご近所を帚で掃く。(これは「庭仕事」ではないが。)
我が家は小学校の裏にあって、学校の桜を借景に花見も出来たりするのだが、
花が終われば花びらが道路一面や前庭に落ちるし(それは綺麗で趣深いのだが)、花びらの次は萼(がく)となり、秋は枯葉が落ちる。自然とはそういうもの、人間さまの思うよう、都合のいい所ばかりではない。
学校の用務員さんもお掃除してくださるのだが、間に合わないので、その時はご近所さんの出動と相成る。
これも初めのうちは面倒臭いと思ったものだったが、歳のせいか、はたまた家に居る時間が長くなったからか、結構楽しんでやっている。
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家の周りがきれいになったら、今度は草むしり。
腰痛持ちの私にとって、長時間屈んでの作業は致命的となるので要注意。
ちょっとやっては姿勢を変え、歩いてみたりストレッチしたりをしながらやっているのだが、
これもまたこれで愉しいのだ。
何か名のあるたいそうな植物を育てている訳でもない。
少しのハーブと草花を、気が向いた時にちょこっと手入れしている。
本当はもっとマメにやらなければ美しい庭とはならないのだが、よくしたもので、すっかり庭仕事に目覚めた夫が、剪定から芝刈り、副え木までカバーしており、たまにプロの植木屋さんにも入ってもらい、何とかなっている。

満員電車に乗って通勤し、遅くまで忙しく働く我が息子夫婦のような人達に思いを巡らせると、
身体もそうだが、心の健康は大丈夫なんだろうかと気になったりする。
もっとも好きな仕事に就いたり評価されたりして、ギアをトップに入れて走るのも気持ちのいいものではあるだろう。それは理解出来る。
けれど、こんな面倒臭くも単純な労作や家事労働に、わずかな時間でもゆっくり取り組む事なんぞが、人間として生きる余裕を与えてくれたり、自律神経を整えたりすることに一役買うのではないか。
少ない休みの日にレジャーを入れたら、そんな時間的余裕さえないのが現実か。
いわゆる経済活動ではない働く喜びというものを知っているというのは、今の時代贅沢な事なのかもしれない。

もっとも自分が若い時は、こんな事を考えたことなどなかったような気もする。
まだまだ若輩(?)の私が言うのも何だが、こんな自分も結構気に入っていたりする今日この頃。
これは決して負け惜しみではないよ。いや、ホントに。(笑)

# by chinagii | 2016-04-23 17:57 | 毎日 | Trackback | Comments(0)

こころとお洒落と日常のあれこれ


by naggystardust
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